落花 (Page 2)
女は花弁を失った花の茎を真ん中の辺りで手折ると、部屋の隅に投げた。
植物の残骸から、すでに興味を失っていた女は柱に背中を預けて座り込む。
投げ出された手足は華奢で、白い。一つたりとも染みのない肌は滑らかだ。肌と同じぐらい滑らかな髪は、艶かに光を弾いている。
座った状態で床に長々と垂れる黒髪をかき上げ、女は青畳に真珠色の爪を立てた。かりかりと猫のように引っ掻くが、表情は微動だにしない。夢を見たまま目を開けているような、静かな無表情で虚空を眺めている。
「爪が傷つくからやめろって、何遍言ったら分かるんだい」
障子が開けられ、年嵩の女が室内に踏み込んできた。
「それと」
年嵩の女は眉間に皴を寄せ、衣桁に架けられた薄紅の襦袢を取り上げた。
「裸のままでいるんじゃない、カヤ」
カヤと呼ばれた女は作り物めいて整った面をぴくりとも動かさない。年嵩の女はそんな態度を取られても慣れているのか、眉間の皴を一層深め、溜息を吐いただけで済ます。そして、年嵩の女はカヤに襦袢を着せる。手付きは少々乱暴だが、慣れているのか手際が良い。
さらにカヤの手を取り、年嵩の女は爪を整える。それを終えると今度は髪を梳り、さらに唇に紅を差す。
「もう少ししたら客が来るからね。しゃんとして、そこで待っときな」
顎をしゃくって年嵩の女は分厚い布団を示した。
カヤは素直に布団の上へと移動し、また座り込む。
年嵩の女が部屋を出ていくと、カヤと手折られた花の残骸だけが取り残された。
気が付くと部屋の中はすでに薄暗くなっている。
男は椅子から腰を上げ、数歩離れてカンバスを見つめた。
カンバスは真っ黒に塗り潰され、中央よりやや下の辺りに白い手が亀裂のように差し伸べられている。その様は真っ暗闇を墜落し、助けを求めて腕を伸ばしかけているようにも見えた。だが、不安な気配よりも静謐さと微かな虚脱が強く感じられる絵である。
出来は良い。
男は仕上げた絵を見て、そう感じた。だが、一歩足りないとも思っていた。
不足しているものは何なのか。胸中を探っても、脳裏を手繰っても、答えはない。やはり、この閃きの元は外部にあるものだ。
男は絵に背を向ける。
真っ直ぐ玄関に向かい、下駄に足を突っ込んだところで、不意に動きを止めた。こめかみには汗が小さな玉となって浮かんでいる。
胸の辺りを着物の上から数度撫でて、男は自分を落ち着けた。しばらく玄関の引き戸を睨んでいたが、ようよう重たい足取りで玄関の敷居を跨ぐ。
後ろ手に玄関の戸を閉め、男は大きく息を吐いた。
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