落花 (Page 5)

 玄関から見ると三和土があり、すぐ正面に階段が二階へと伸びている。そして、その脇を奥へと廊下が伸びていた。女は言葉通りに階段を登らず、廊下の途中にある障子を開けて、その中へと姿を消す。
 大森は唾を飲んでから、下駄を脱いだ。
 
 ひんやりした床板を踏み締め、二階へと足音を忍ばせて登る。階段を上がりきると、二階は丁字に廊下が伸びていた。正面にも障子があって、そこからは明かりが漏れている。
 
 障子に手をかけ、そっと開くと中には衣桁と布団があり、そして娘がいた。
 娘は突然現れた大森に目を向けるともなく、何もない壁をじっと見つめている。彼女の顔立ちは名工が彫り上げた彫刻のように整っていた。薄い襦袢に包まれた体の円やかな曲線と、若い娘らしい丘陵が均衡を崩すことなく融和している。
 
 奇跡のような美しさだと大森は感動した。
 思わず息を止めていた大森は深呼吸をして、娘へと近づく。
 娘はそれでも反応しない。
 傍らに跪き、大森は静かに語りかけた。
 
「花を散らしていたのは、お前か?」
「……」

 一人目の客が帰った後、二人の目の客が現れた。
 無精髭を生やし、薄汚れた着流しを着ている。汗の匂いが鼻についたが、カヤは無視した。
 なにやらごちゃごちゃと言い募っていたが、何一つとして彼女の形の良い耳には入っていない。さっさと事を済ませて眠りたい気分だった。
 
「まさか」
 男がカヤの両肩を掴んだ。
 やれやれ、やっと始まるのか。そうカヤは思っているが、男は彼女の顔を覗き込むばかりで何もしてこない。面倒な男が来たものだ。そんなふうにカヤが思った矢先に、男は唐突に彼女を抱き締めたのである。
 そして、妙なことを口走った。
 
「なんて哀れな」
 男の言葉にカヤは気分が悪くなるのを感じた。
「あの女に男へ売られて……」

 事実だが、憐れまれる筋合いは何一つない。
 抱き締められて男の体臭が鼻の奥まで這入りこんでくる。不快だ。それでもカヤは無表情なままでいた。
 不意に男が立ち上がる。そして、カヤの手を引いて強引に立ち上がらせた。
 
「俺が救ってやる。こんな場所にいる必要はない」
 男は意気揚々とカヤを連れて行こうとする。それに対し、彼女は無表情に男の股間を蹴り上げた。
「うぐっ」

 カヤの手を振り払い、男は自分の股間を押さえて蹲る。ひくひくと体を震わせ、脂汗をだらだらと流していた。それを見下ろしていたカヤは着物の帯を外し、痛みで身動きができない男の両手を縛りあげる。多少の抵抗はあったが、カヤは器用な手付きで男を後ろ手に拘束してのけた。
 
「な、なにを、するっ」
「煩い」
 ごちゃごちゃと煩い男の顔を踏み付けてカヤは黙らせた。足の指先に力を入れると男の頬が歪んで、口の中で頬肉が歯に食い込む感触がある。
 
「ぐ、いぎっ」
 男の苦鳴を上げる口にカヤは足先を突っ込んだ。唾液のぬめりと硬い歯列、弾力を持っている歯茎の感触がある。ぞっと怖気立つ。相変わらずの無表情で彼女は自分の嫌悪を握り潰し、さらに足を奥まで突き込む。
 

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