落花 (Page 3)

 
 濃くなり始めた夜気を胸いっぱいに吸い込み、己を奮い立たせる。家と外界を隔てる門まで歩くが、下駄が飛び石を引っ掻く音にすら驚いた。それでも門を押し開け、敷地の外に出る。
 家の前の通りには何者の姿もない。
 
 数カ月ぶりに表を歩いてみれば、存外大したことはなかった。男は気を大きくして目的地へと歩を進める。
 
 ぐるりと男は自分の家を回り込む格好で隣家へと近づく。隣家は男の家と同じく二階建てではあったが、こぢんまりとしており、小奇麗に整えられていた。むしろ、手入れの行き届いていない男の家の方がみすぼらしく見えてしまう。
 
 しかし、男はそんなことなど気付きもしない。ずんずんと足を動かし、ついに隣家の前までやってきてしまった。
 
 きょろきょろと見回すが表札はなく、どういった人間が住んでいるのか見当もつかない。
 さすがの男も次に打つべき手を思案する。
 
 そうして彼が隣家の前でぐずぐずしていると、いきなり門が開いた。現れたのは洋装の紳士だった。整えた口髭と手にしたステッキと帽子で、相手の西洋かぶれが手に取るように男には分かった。
 
「おや」
 紳士は驚いた風もなく口を開けた。
「次の方ですかな」
 じろじろと自分を見やる男にも不快感を見せず、紳士は鷹揚に構えている。
 
「……」
 一方の男はといえば、仏頂面で目を逸らすのがやっとの有様だ。
 
「いい所ですな、ここは。駅から遠いのが玉に瑕だが、それもまた趣でしょう。では、お先に」
 そう言うと帽子を軽く掲げて挨拶をして、紳士は夜闇に紛れて姿を消した。
 
 何のことを言っているのか、全く分からなかった男は紳士に道を譲り、無言で見送るしかない。
 顔をしかめたまま、男は紳士が開けたままにしている門から隣家の敷地の中へと入る。
 玉砂利が敷かれた前庭があり、転々と飛び石が玄関まで続いていた。枯山水を意識したらしい石を組み合わせた庭がさらに続いている。
 
 真似事か、と男は横目で見た庭を内心で嘲り、玄関に歩み寄った。
「ご免ください」
 中へ声をかけるが、反応が返ってこない。舌打ちし、今度は細かい格子のついた引き戸を乱暴に叩きながら声をかける。
「ご免ください」
 今度は、扉が開く。
 
 

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