落花 (Page 4)

 
 現れたのは男よりも十かそこらは年上の女だった。若い頃はそれなりに美しかったのだろうが、険しい顔つきからは往時の面影は薄れている。
 
「何か御用ですか」
 つっけんどんな声で言われ、男は腹を立てた。だが、それを飲み下し、努めて落ち着いた声を出した。
「お宅の二階にいる方に会わせてください」
 男の言葉に一瞬だけ女は呆気にとられた顔をする。だが、それもすぐに消え、元の険しい顔に戻った。
「どこのどちら様でしょうか?」
「隣に住んでいる大森です」
 そんなことも知らないのかと男は言外に滲ませたが、女はどこ吹く風といった風情である。
「大森? ああ、大森さんね。土地やら何やらお持ちのお大尽様が何の御用でしょう?」
「さっきも言いました。二階に住んでいる方に、会わせて頂きたい」

 語気を強めて言うと、ぷっと女が吹き出した。何がおかしいのかと男――大森のこめかみに青筋が浮かぶ。
 
「ええ、ええ。宜しいですよ。うちの子に会わせて差し上げますとも。ただねぇ、御足はあるんですかい?」
 ぐっと大森は喉の奥に言葉を引き留めた。
 
 財布も持っていないのだ。だが、どうして金なんぞがいるのか。そう疑問に思った大森は、はっと先程すれ違った紳士のことを思い出した。
 
 もしかすると、高価な美術品の類でも収蔵しているのかもしれない。先程の紳士はそれを見学に来たのか、あるいは収集か、もしかしたら美術商かもしれない。
 なるほど、と大森は内心で膝を打つ。それほど価値のあるものがあるからこそ、あのような美しい所作に及んだのだ。
 
 彼の瞼の裏にひらひらと舞い踊る花弁が想起される。
「分かりました。幾ら必要なのですか?」
「ざっと――」
 女はそれなりに纏まった金額を提示した。
 
「今から取ってきます」
「急がなくて結構ですよ」
 踵を返した大森の背中へ女が呆れた調子で声を投げる。
 
 無視した大森は大股で帰宅し、金庫を躊躇いなく開けた。そこにはまとまった額が収められている。普通の勤め人なら三年は遊んで暮らせる額だ。つつましく生活すれば五年は固い。
 そんな金額を懐に突っ込み、大森は隣家へと舞い戻った。
 
 女が待っていなかったので再び中へと声をかけると、迷惑そうに女が現れる。大森はその鼻先へ金を突き付けてやった。彼女は渡された金を丁寧に数え、自分が提示した額に達していると確認すると、大森を玄関の中へと招き入れた。
 
「二階に上がってすぐの部屋にいますよ。あたしはあそこの、階段の脇にある部屋にいますから、なにかあったら声をかけてください」

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