残り一枚なにを撮る? (Page 2)

「行こっか」

 それだけ言って清音はハンドルから半身を起こし、エンジンに火を入れた。彼女が運転する車は滑らかに走り出し、公道へと出る。

 空港が小高い山を切り拓いて造られたため、公道に出ると真っ先に広い空がフロントガラスを埋めた。

 鉛色の陰鬱な空模様だ。しかし、直哉と清音にとってはこれが普通の空である。なにしろ日本海側から入り込んだ低気圧と寒気がどっししりと横たわっているのだ。そのせいで冬の間は雨や雪が多く、晴れ間は少ない。

 直哉にとって故郷を離れて一番驚いたのは、冬の気候だろう。晴天の空が広い。また、非常に乾燥しており、生まれて初めて乾燥肌に悩まされた。

 車は長い下り坂を下っていく。

 空が視界から外れ、両脇に迫る山。空に合わせたように赤茶けた地味な色合いに衣替えしている。

 車は市街地へと至り、少しずつ信号機と対向車が増えていく。

 どこか古ぼけた町並みの中を走り抜け、再び車は山並みの中へと進む。田畑とその合間にぽつぽと民家がある。さらに走ると民家の間隔が狭まり、いくつかの塊になっていく。

 市町村区分では町と分類されるが、村あるいは集落といった趣の土地。それが直哉と清音の生まれ育った場所である。

 田畑と山、その合間を流れる川。都会に住む人間が憧れるような牧歌的で、絵に描いたような田舎だ。もっともここの住人にしてみれば、買い物にも車で出かけなくてはならないし、コンビニなど当然徒歩圏内にはない。人里にまで下りてくるイノシシの対処にも頭を悩ませる。

 たった一年離れていただけだというのに、どうしようもなく懐かしい。奇妙な郷愁で胸をいっぱいにした直哉を乗せた車が停止する。

 清音の自宅の駐車場だ。

 他に車はなく、彼女の両親が不在であると分かる。この土地ではどこに行くにも車がいるのだ。

 直哉は後部座席から荷物を取り上げ、車を降りる。冷たく少し湿った重たい風が途端に吹き付けてきた。

 清音の家から、直哉の実家までは歩いて五分とかからない。幼い頃から幾度となく行き来した道だ。

 そういえば、と歩き出そうとした直哉に清音が言う。

「部屋の整理してたら、使い捨てカメラを見つけたんだ」

「使い捨てカメラって?」

「名前の通りのカメラだよ。知らない?」

「知らない」

 そう答えた直哉の隣に清音が並び、二人揃って歩き出す。

「デジカメじゃなくて、フィルムカメラなんだ」

「へぇー、じゃあ何を撮ったか、確認できないんだ」

「そうそう。プリントするまで写真の出来が分からないんだね」

「きよちゃんが撮ったじゃないの?」

「憶えてないんだよね。そもそもわたしが撮ったのかも分かんないし」

「えっ、こわぁ。ホラー?」

 怪談の類が苦手な直哉は肩を震わせた。

「そんなわけないじゃん」

 あっけらかんと清音が笑い、その様子に直哉はほっと胸を撫で下ろす。

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