残り一枚なにを撮る? (Page 4)

「これなんだけど」

 玄関に戻ってきた清音は彼に小ぶりな立方体を差し出した。プラスチック製のそれは小さなレンズとファインダー、フラッシュを備えたカメラだ。安っぽいおもちゃのような質感に思わず直哉は、これがと疑問に思ってしまう。それでも子細に見ていくと、使い捨てカメラと呼ばれながらも非常にしっかりした作りであることが分かる。

「あ、これ残り枚数じゃない?」

 直哉はシャッターの横にある数字に気付き、清音に示す。

「ほんとだ、1ってなってる」

「あと一枚しか取れないよ」

「どうしよっか」

「何か撮りたいものある?」

「うーん。……思いつかない」

 顔を突き合わせ、二人でじっとカメラを見つめる。

 このカメラに収められている光景はどんなものなのだろうか。そして、最後に収めるのに相応しい景色とはどんなものだろう。

 ふと視線を上げると、玄関の明り取りから日の光が差し込んでいた。その光はスポットライトのように清音を照らし、きらきらと彼女を縁取っている。しかし、鉛色の雲が途切れていたのは束の間で、すぐに薄く弱々しい陽光へと変わってしまう。

 そんな一瞬を垣間見た直哉は、撮りたいものが漠然と頭の中に浮かんでくるのを感じた。

「きよちゃん、二人で探しに行こうよ。撮りたいもの」

 彼女は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにこくりと頷いた。

 玄関を揃って出ると、やはり冷たく重たげな風が吹いている。見上げた雲に動きは殆どない。天気が崩れる心配はなさそうだ。

「どこに行こうか?」

「学校は?」

 清音は学校のある方に視線を向けた。

「最後の一枚にはちょうどいいかも」

 カメラをポケットに入れ、直哉は歩き出す。ただし、舗装された道ではなく、畑の間を細々と通っている畦道を選ぶ。踏み固められた畦道は二人がよく使っていた近道だったり、抜け道だったりした。子どもの頃は並んで歩けた畦道も体の大きくなった二人では縦に並ぶしかない。

 学校への行き帰りに、こうやって二人で道草を食いながら歩いていた。

 けれど、その頃の面影はかなり薄くなっている。耕す者のいなくなった畑は荒れて、冬の休耕の時ですら手入れをされていた場所と同じとは思えない。

 それは直哉と清音の通っていた学校も同じだ。

 もう、子どもが来ることはない。二人が卒業し、その後に廃校となった。木造平屋建ての校舎は小さな校庭と共にひっそりと往時の姿を留めている。

「ちっちゃいなぁ」

「そうだね。わたしたち、ここに通ってたんだよねぇ」

 校庭を横切り、校舎を眺めると色々と憶えていることに直哉は自分で驚く。子どもの頃のことなど、朧げにしか覚えていないと思っていたのに。

 カーテンの引かれた薄い硝子窓の向こうに、かつての自分達の名残がないかと清音が覗き込む。彼女に倣って直哉も覗き込むが、汚れた窓の向こうには薄闇があるばかりだった。

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