残り一枚なにを撮る? (Page 5)

「あれ、直ったのかな」

「あれって?」

 不思議そうにしている清音を連れて、直哉は校舎の裏側へと向かう。すっかり取り払われてしまったが、かつては小さな菜園と鶏小屋があった。小さなヒヨコが生まれる瞬間を見たのは、直哉にとって大きな感動だったのである。

 そんな感動的な思い出とは別に、彼にはこの場所に纏わる小さな秘密があった。

「ここなんだけど……」

 校舎の内部へと通じる勝手口のような小さな木製の扉。直哉はそのすぐ傍にある羽目板を上に持ち上げる。すると小さな空間が開いた。彼はそこに手を突っ込むと内鍵を開けてしまう。

「えぇ……」

 背後で清音が困惑した声を上げた。

「どうする? これで入れるけど」

「え、入るの?」

「中がどうなってるか、ちょっと気にならない?」

「なおちゃん、怖い話ダメなのに、これは大丈夫なんだ」

「忘れ物とか取りに来たことあるけど、何にもなかったよ」

「ほんとに?」

「ほんと」

 直哉は安請け合いして扉をゆっくりと開いた。

 蝶番が軋む音がして、埃っぽい空気が流れてくる。直哉は首だけ中に突っ込んで様子を窺う。校舎の中にはうっすらと窓から光が差し込んでいる。薄暗くはあるが明かりが必要なほどではない。

 一瞬だけ土足で入ることを躊躇ったが、直哉は一歩踏み込んだ。

 ぎしっ、と足元で木の床が鳴る。積もった埃が彼の足元で微かに舞った。

「大丈夫そうだよ」

「……うん」

 不安なのか清音はぴったりと直哉の背中にくっつき、上着の裾を掴んでいる。

 念のためにと、扉を閉めて薄ありの中を二人はそろそろと進んでいく、かつては毎日通っていた場所なのに、大人になってから入ると侵入しているという気持ちが強い。

 職員室やそれぞれの学年の教室。二人が使った教室は一つきりだ。なにしろ他に児童がいないので、学年が変わる毎に移動する必要がなかった。

 引き戸を開け、六年間使っていた教室に入る。

 机は全て取り払われ、残った黒板だけが教室の名残だ。カーテンで閉ざされた窓の向こうの校庭では、二人きりでも遊びまわっていた。

 今は深閑として二人の息遣いだけがある。

 何もない教室の隅っこで二人は、ただ薄闇を見つめることしかできない。

「何にもないね」

「うん。つまんない?」

 直哉の言葉に少し迷って、それでも清音は答えた。

「なんか……、寂しい感じ」

「そうだね」

 彼は上着の裾を掴んでいる清音の手を握る。細くて、冷たい手だった。こんなふうに手を握ったのはいつ以来だろうか。そんなことを思う。小さな頃は当たり前のようにお互いの手を握っていたのに。背が伸びてからは、そんな簡単なことにも理由をいちいち探している。

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